去年の今頃、時の流れを感じさせるものについてブログに書きました。
小さい頃に住んでいた家の近くに神社があり、
定期的に骨董市が開催されていて、よく遊びに行っていたこともあり、古いものには馴染みがあります。
普段使う食器は、高価なものではありませんが、骨董市などで手に入れた100年以上前の幕末や明治時代のものだったりします。
こうして昔から古いものに親しむ生活ですが、世の中の新しいものにも目を向けなければいけません。
近年AIが一般的に使用しやすくなり、勢いよく普及しています。
私はまだAIのチャット機能などは利用していないものの、インターネットで検索をすると、1番上にAIがまとめた情報一覧が表示されるので、全くAIと関わりのない生活をすることは、逆に難しくなっています。
日本の小学校などの教育機関では、授業でタブレットの使用、デジタルを積極的に利用するICT教育が進んでいます。
一方でスウェーデンでは、早くにデジタル化を推進していましたが、最近では紙に書くことや紙の本、紙の教科書の大切さを見直して、デジタルと併用するといったニュースがありました。
古いもの好きの私としては、デジタルなものは慎重に取り入れてしまいますが、良いところは沢山あり、現代社会で生きている以上、見えないところでその技術に助けられているということも知っています。
例えば、今書いているこのブログも、AIに依頼してしまえば、もっとまとまりのある分かりやすい文章になるでしょう。
ですが、私は私の言葉で書きたいという思いがあるので、拙い文章ながらもAIを使っていません。
私の知り合いの方は、AIを仕事の書類で利用すると話していました。限られた時間の中で効率良く情報をまとめられるという面では、AIを利用することで他の作業に時間を使うことができます。
これからもデジタル化が進む中で、この場面では使わない、この場面では使うなど、使う人が意思を持ってひとつひとつ決めていくことがますます必要でしょう。
そうすることで、新しいものも古いものも自分らしく使うことができると思います。

